10月10日 東京洲高で開催する「東京街歩き」の見どころを紹介します。
まずは、聖橋です。

東京都千代田区駿河台と文京区湯島の間で本郷通り(都道403号)を結んでおり、神田川の北側で外堀通りと交差する。
全長79.3メートルのうち、神田川の上部の36.3メートルが放物線を描くアーチ橋で、形式は鉄骨コンクリートアーチ橋。関東大震災(1923年)後の震災復興橋梁の一つで、1927年(昭和2年)に完成した。
設計・デザインは山田守、成瀬勝武。2017年には土木学会選奨土木遺産に認定された。
名前は東京府東京市(現:東京都)が公募し、「聖橋」案は95人から寄せられ、抽選で深川区在住の男性が賞金50円を受け取った。橋の北側に湯島聖堂、南側にニコライ堂と2つの聖堂を結ぶことから考案した人が多かったとみられる。当時の神田川は船が運航されており、船から見上げた時に最も美しく見えるようにデザインされている。
御茶ノ水駅のホームからはややそれに近い視点で見ることができる。夜間はライトアップされるが、長寿命化工事のため2016年1月20日からは一時休止されていた。
2016年春より行われた「聖橋長寿命化工事」では、橋の躯体表面を覆っている保護コンクリートを剥がし、躯体に入った亀裂を補修し、新たな保護コンクリートで覆い、2017年2月に完成した。夜間のライトアップ用照明設備も新規に取り付けられた。

ニコライ堂(ニコライどう、英語: Nicholai-do)は東京都千代田区神田駿河台にある正教会の大聖堂。「ニコライ堂」は通称であり、日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭(のち大主教)聖ニコライに由来する。
正式名称は「東京復活大聖堂」(英語: Holy Resurrection Cathedral inTokyo)であり、イイスス・ハリストス(イエス・キリスト)の復活を記憶する大聖堂である。
湯島聖堂(ゆしませいどう)は、東京都文京区湯島一丁目にある史跡。江戸時代の元禄3年(169年)、江戸幕府5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟であり、後に幕府直轄の学問所となった。
JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。

- 中央:「アテネの学堂」(題材:教育)
内容:ルネサンス期の巨匠ラファエロの傑作を基にしています。古代ギリシアの哲学者プラ
トンとアリストテレスが対話する姿を中心に、賢人たちが一堂に会する場面が描かれており、
「対話による教育の原点」を表現しています。 - 左側:「ヒポクラテス像」(題材:診療)
内容:医学の父とされる古代ギリシアの医師ヒポクラテスの姿と、古典ギリシャ語のテキス
トが刻まれています。医療従事者としてあるべき心得や倫理を解いた「ヒポクラテスの誓
い」を表現しています。 - 右側:「世界初の全身麻酔公開実験」(題材:研究)
内容:ロバート・ヒンクリーの絵画を基にしています。1846年にマサチューセッツ総合病院
で行われた、歯科医師ウィリアム・モートンによる世界初の全身麻酔(エーテル麻酔)公開
実験の様子が描かれており、医学・歯学の進歩と研究の重要性を象徴しています。

明治大学の卒業生である作詞家・阿久悠の功績を称え、2009年に駿河台キャンパスのアカデ
ミーコモン地階(東京都千代田区)に開設された施設です。
阿久悠(あくゆう、1937年〈昭和12年〉2月7日- 2007年〈平成19年〉8月1日)は、淡路
島出身の放送作家、詩人、作詞家、小説家。数々のヒット曲の歌詞を生み出し、日本歌謡界の
黄金時代を築いた。
ペンネームの由来は、広告会社勤務時代に放送作家として活躍を始めたが、兼業禁止の会社に
ばれないよう“悪友”をもじった筆名として使い始めた事から。深く考えずにつけたため、い
ずれは別の筆名にするつもりだったが、仕事が途切れなかったので、独立後も使い続けた。ま
た、多夢星人(たむせいじん)の変名も使用した(阿久の小説『グッドバイ—BN童子の青春』
の登場人物であるロック歌手の名に由来する)。
長男は作曲家の深田太郎で、阿久作詞・深田作曲の楽曲も存在する。

コメント